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◆ネット社会と報道の役割
◇論評機能の低下、懸念--玉木明委員
◇考える態度の形成を--田島泰彦委員
朝比奈主筆 総務省の調査では05年末の国内のネット利用者は8500万人を超え、現在はさらに増えています。ネット社会の光と影の部分について、新聞の役割とも絡めて意見を伺います。
柳田委員 最近、あるシンポジウムで学生と議論した。3、4年生の優秀な学生が「柳田さんは悪用の例や子供たちの匿名の中傷などネット社会の負の側面ばかり強調する」と言う。全体でプラス面が99%もあるのに、なぜ1%の負の側面を強調し、ネットが健全に育つ可能性にブレーキを掛けるのかというわけです。
全体的にはプラス面が大きいのだから、少しくらい犠牲が出ても騒ぐことではないというのは、経済成長のために公害や事故、労働災害の犠牲者が出ても無視するという、戦後日本の政治・行政の思想と同じ議論です。そういう役所的な目で新しい技術の変化を見るのかと驚いた。やはりジャーナリズムとは表に出てこない部分をどう見るのかが大切だ。100人のうち1人、2人の弱者や犠牲者がいて、メディアが取り上げなければ、ブルドーザーで抹殺されてしまうような状況に焦点を当てなければならない。
朝比奈主筆 ネットのプラス面についてはどうお考えですか。
柳田委員 難病患者がネットのおかげでコミュニケーションできるのは素晴らしい。目で焦点合わせるだけで文を書けるのもすごい。そういう光の部分を百も承知の上で、ネットが抱える負の側面を検証しなければならない。ネットや携帯が日常化した時代の中で既存のメディアは対応が遅れている。どういう評価をしたらいいのか、突っ込んで考えるべきだ。
朝比奈主筆 匿名によるネットでの中傷などネガティブな側面も報告されています。
玉木委員 情報伝達機能を決定的に高めたのはネットのプラス面だ。その半面、1次情報の発信元がしっかりしていても、繰り返し流されるうちに発信元があいまいになる。それで情報だけがどんどん流れる「情報の情報化」とでも言うべき現象が起きてしまう。
朝比奈主筆 新聞は独自の役割を果たしながらネットと共存、相互に活性化する道を探っています。
岸本卓也外信部長 海外では日本よりも新聞とネットの融合、相互利用の試みが進んでいます。例えば米ウォールストリート・ジャーナル紙は、ネットは事件事故の第一報や発表記事、紙は独自の調査報道記事や論説・解説とすみ分け、生き残ろうとしています。紙の新聞から記者をネットによる報道の部門に移す新聞社も目立っています。
玉木委員 限りなく伝達機能が飛躍すると、反比例するようにジャーナリズム機能、論評機能が低下する。記事が次々とネット上でコピーされていく間に、最初に発信したメッセージがどう伝わるのか皆目分からないという問題も起こる。新聞社のネット参入は当然だと思うが、ネット時代でもジャーナリズムを担うのは紙の新聞だ。部数の問題はあるだろうが、新聞はジャーナリズムの王道を行き、強固な主張を続けてほしい。
田島委員 ネットのいいところは、市民が簡単に情報を発信できることと、法規制や既存のメディアが抱えるもろもろのしがらみから自由なことだ。新しい情報流通の可能性を広げつつあり、情報回路の多様性に寄与している。ただし、プロフェッショナルな訓練や技術に欠けるところなどから、権力監視などジャーナリズム性を期待するのは難しい面もある。吟味されず、チェックされない不確かな情報が横行し、エンターテインメント情報が好まれる。それを踏まえて新聞が何をすべきかというと、深い解説や鋭い分析記事、調査報道といったジャーナリズム本来の役割を重視するのが基本かなと思う。その一方で、ウェブサイトの充実を図り、情報公開など市民に開かれた新聞への努力もいっそう強めてほしい。
吉永委員 最初はネットに草の根ジャーナリズムが生まれる期待があった。信頼性がなければいけないのに、むしろブログは自己PR。企業や組織の宣伝がばーっと出てきて、私の知りたい情報が全然出てこない。ネット時代と新聞ジャーナリズムを考えると、新聞社のニュースは質が違う。大手検索会社から検索結果のキーワードランキングが来るが、12月4日、10日に届いた一覧を見ると、米国のビバリーヒルズで事故を起こした人などが上位を占めた。ニュースを知りたくて検索したというより、スキャンダラスな面白い話題が多いようだった。そういう傾向に左右されると、ジャーナリズムがおかしくなる。新聞は別な意味でも反省すべき点がある。
数年前、あるテレビ局で脳障害児が文字盤を打つ場面の放送をきっかけに、ネットでやらせかどうかが騒がれたケースがあった。結論ははっきりしなかったが、ネットはメディアを監視する要素も持っている。ただ発言するからには責任を持ってもらいたい。今、無責任さがどんどん人の心をむしばんでいるのだ。
朝比奈主筆 画面で長時間ネット社会に浸り、他人と対面してのコミュニケーションが極端に少ない人たちがいることも報告されている。
柳田委員 そうした子供や若い世代の人格形成がどのようになされるのかということこそ重要だ。人間はそんなに情報は必要ないし、本当に生きるために必要なのは何かという根源的なことからネット社会の問題を考えなければいけないのかもしれない。例えば保育園児、幼稚園児の1日の自由時間は5、6時間しかない。その中でテレビやゲームで2、3時間過ごせば、それだけでバーチャルな世界が半分になる。それから携帯を使っている時間が1時間だとか。こういう環境で育つ子の人格形成は生身の家族と友達の中で育つ子と同じであるはずがない。そういう問題に継続的に目を向けてほしい。
田島委員 私は記者にだって影響を与えていると思っている。大学でリポートの課題を出すと、すぐにネットで検索して、その中から適当に情報をつなぎ合わせて作成するというのが圧倒的だ。きちんとした本や論文をじっくり読み、考えるという態度が形成されていない。大学の責任でもあるが、そういう学生が記者として新聞社にも入る。こういう人たちをどうまっとうな記者に育て上げていくか、深刻な課題ではないか。
柳田委員 新聞記者は現場、現物、肉声が取材の基本のはずなのに、取材時間の6割ぐらいをネット検索に充てる記者もいる。そういう時代こそ、記者を採用したら、現場、現物、肉声をというのを徹底してほしい。1カ月はネットを見ずに現場を踏む訓練をということです。日本航空では、新入社員をジャンボ機が85年に墜落した群馬県の御巣鷹山に必ず登らせ、機体の残がいを見せる。さらに先輩社員から事故でどれほどの窮地に追い込まれ、自殺者まで出たという話を聞く。現場、現物、肉声が乗客の身になって考える意識改革に役立っている。
伊藤編集局長 我々の中にも委員の皆さんと同じような問題意識があります。ネット社会に対する取材ですが、記者が実際に現場に出向き、当事者に当たる取材を重ねることで、ネット特有の匿名性の壁を突破し、新聞にしかできない内容を提示できたらと計画しています。長期連載「ネット君臨」では、昨年末に取材班がブログを立ち上げ、メンバーが連載を進めるうえで直面する問題点などについて、読者の皆さんと意見交換をしています。今後はそれを再び紙面にフィードバックし、ネットと新聞が連携する新たな試みにも挑戦してみたいと思っています。連載の今後の展開に期待していただきたいと思います。
朝比奈主筆 長時間にわたり、ありがとうございました。
◇取材態度も重要
◇知事会見の様子、ネットで流れる
佐賀支局の記者が06年9月28日の知事会見で、天皇、皇后両陛下が出席された「全国豊かな海づくり大会」(10月29日)について質問しました。主に県財政の観点からの質問でしたが、言葉遣いや態度に節度を欠き、「海づくり大会」そのものが両陛下のご出席と切り離せない行事であるとの基礎的な認識にも欠けるなどの問題がありました。
会見から約1カ月後、その様子がインターネットの動画投稿サイトに載ったのをきっかけに、この問題に関するネット上の掲示板の書き込みが急増し、佐賀支局や東京本社の読者室などに苦情・抗議が多数寄せられました。会見の動画は会見当日に県のホームページに掲載され、支局長が当該記者に言葉遣いや態度などを改めるよう口頭で注意しています。
これまでと違い、取材の様子がネットに流れ、反響を広げるという現象も起きています。取材の中身だけでなく取材態度も問われることになります。記者教育に生かしていきたいと思います。【加藤信夫・西部本社編集局長】
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◆創刊135周年を前に--主筆・朝比奈豊
◇現場の実感失わぬ紙面に
毎日新聞は2月に創刊135周年を迎えます。日本の新聞で最も長い歴史には数々の誇るべき報道とともに反省もあります。その一つは、言論や思想、報道の自由が統制されていく昭和初期、相次いだテロ事件をもっと重く受け止めて徹底批判し、国民に真実を伝えるべきだったという点です。
1932(昭和7)年の5・15事件は犬養毅首相が殺され、政党政治が事実上息の根を止められた忌まわしいテロでした。昨秋、岡山の犬養木堂記念館を訪れ、血痕が染みついた座布団に胸を突かれました。首相官邸に土足で入ってきた青年将校たちは、「まあ靴でも脱いで座れ、話せば分かる」という首相を「問答無用」と射殺したのです。血のにおいがするような座布団を前に「問答無用」の恐ろしさを感じました。
ここ数年、加藤紘一衆院議員の実家の放火をはじめ、脅しを含め言論テロと呼ぶべき事件が続いています。「問答」とは対話であり、議論、言論です。それを「無用」と言わせないことが新聞の重要な使命です。
一方、インターネットは画期的な新技術であり、「ウェブ2・0」と呼ばれる新段階に達し、社会に大きな利便性をもたらしています。しかし、委員会の議論のように、巨大な影響力ゆえの問題点も指摘されています。匿名で責任を取らず、人を傷つけるネット上の攻撃は巧みになっている気がします。それは形を変えた「問答無用」の世界です。
ネット社会のあり方を分析し、読者とともに議論し、ネットを利用する人たちにも投げかけて、コンセンサスを探っていくことも新聞の役割でしょう。
高度な情報化社会は現実感の薄い情報が飛び交う世の中です。しかし、目の前の犬養毅の座布団には年月を超えた迫真性がありました。そういう現場の実感を見失わず、今年も新聞をつくっていきたいと思います。
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■ことば
◇ウェブ2.0
インターネットの新しい使われ方の総称で、明確な定義はない。既成のホームページを閲覧するだけの使い方を「ウェブ1.0」と位置づけ、ソフトウエアの改良になぞらえた。不特定多数の利用者の参加と開放志向が特色。ブログ(日記風ホームページ)やネット上の交流を楽しむソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)、利用者が書き足して作り上げるネット上の事典「ウィキペディア」などが代表例とされる。
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◇委員会メンバー
吉永春子委員(テレビプロデューサー)
柳田邦男委員(作家)
玉木明委員(フリージャーナリスト)
田島泰彦委員(上智大教授)
◇毎日新聞側の主な出席者
朝比奈豊主筆▽森嶋幹夫論説委員▽伊藤芳明東京本社編集局長▽山田孝男編集局総務▽磯野彰彦編集局次長▽河野俊史編集局次長▽丸山昌宏政治部長▽原敏郎経済部長▽斉藤善也社会部長▽広田勝己地方部長▽岸本卓也外信部長▽高島信雄デジタルメディア局編集・編成担当部長代理▽加藤信夫西部本社編集局長▽薄木秀夫「開かれた新聞」委員会事務局長
毎日の首脳陣は全部引退した方がいいな。
ネット批判の切り口がステレオタイプで、本質を全く理解していない。
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