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まず、以下のURLをご覧ください。
川崎市外国人教育基本方針



Ⅱ.本市の外国人市民の成り立ちと現状 
1〔歴史的な経緯 …… 在日韓国・朝鮮人〕 
 川崎市の外国人登録者は、現在2万人を超え、全人口の2%、国籍数では107ヵ国を数えるようになった(1997年末現在)。そのうち、韓国・朝鮮国籍者は、全外国人の45%を占めており、本市は依然として韓国・朝鮮人の多住地域といえる。
 このように本市に韓国・朝鮮人が多く住むようになったのは、京浜工業地帯の中核都市である本市に日本の植民地支配によって工場労働者等としてつれてこられた結果である。
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【概要】
李容洙さんが『従軍慰安婦』隠蔽の資料館に復元を要請-JanJanニュース

記事を書いた芹沢昇雄氏が、以前に私とのやりとりで「強制連行は確認されていないが、それが問題なのではない」と発言したにもかかわらず、今回の記事で強制連行の有無が問題になっている点を指摘する。
 ↓
菅田一郎氏が、「あなたのやりとりは知らないけど、強制連行はあったんだぜ」と反論する
 ↓
私が「ないよ」と反論する
 ↓
2人のやりとりが交わされる
 ↓
私の長文の反論のみが編集部により全文削除される
 ↓
しつこく再掲する
 ↓
削除される
 ↓
JANJAN編集部に電話する


というあらましです。
では、編集部の対応をご覧ください。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は怪我も病気もない健康体でございます。
朝日新聞
3月19日付朝刊 私の視点
◆ギョーザ事件◆  『兄弟をいじめすぎないで』
早稲田大講師  馬 挺(マー テイ)
チベット問題で沈黙する日本共産党に電話してみました。
中央委員会(03-3403-6111)。
30~40代くらいの男性。
毎日新聞
記者の目:在日コリアンが暮らすウトロ地区=新宮達
 
上水道の普及率は4割で、2割の世帯が生活保護を受けている。密集した60戸ほどの家々の半分以上は、築25年以上。低地のうえに下水施設も未整備で、雨脚が少し強まると浸水する家が続出する……。そんな劣悪な環境の中で、約200人の在日コリアンたちが土地の所有権もないままに、70年近く暮らしてきたことをご存じだろうか。

京都府宇治市にある「ウトロ地区」。阪神甲子園球場の半分に当たる2万1000平方メートルの土地を巡って、昨年末、韓国政府が「住民の土地買い取り資金の一部」として30億ウォン(約3億6000万円)の拠出を決めた。

軍用飛行場建設に伴い生まれた町の歴史から、日本側にも官民を挙げた支援を求める声がある。だが、「戦後処理」の視点に固執していては、反発も出てしまい話が進まない。戦後63年、在日1世に残された時間は少ない。とにもかくにも、「人道的見地」から日本サイドが積極的に動く番ではないだろうか。

ウトロは、1940年に始まった国策事業の「京都飛行場」建設に従事する朝鮮人たちの宿舎の町として誕生した。終戦で建設は頓挫したが、居着いた人々を中心に町が形成された。

地権者が転々として入り組んだ土地所有権の問題が顕在化したのは89年、不動産会社が住民の立ち退きを求めて京都地裁に提訴してからだ。住民側が買い取る方向で和解も模索されたが金額で折り合わず、00年に最高裁で住民側の全面敗訴が確定。その結果、生活環境は改善されぬまま放置された。裁判に負けてからは、住民は強制立ち退きを危惧(きぐ)して住宅改修に二の足を踏んだ。将来に絶望した若者は日本国籍を取得したり、ウトロを去り、「見捨てられた町」と呼ばれた。

私がウトロの取材を始めたのは4年前だ。将来の展望を尋ねても明確な答えはなく、深刻な表情で「ここに住み続けられるように何とか助けてください」と口をそろえるだけだった。

風向きが変わったのはその年の秋だった。住環境問題を考える日中韓3カ国の学会に招かれた住民4人が韓国内でウトロの窮状を訴えたのを機に、在外同胞支援に携わる韓国NGOが募金活動を開始した。存在すら知らなかった祖国で注目を集めて、5億ウォン(6000万円)以上の募金が集まり、住民らはそれらを原資に再度、買い取りを模索。5億円で東側半分(1万500平方メートル)を買い取る話が再び浮上した。

韓国政府の支援金に募金や住民の自己資金を加えて資金のメドはつきつつあるが、複雑な抵当権などの障害が存在する。だが、最も切迫しているのは時間だ。現存する1世は約10人。この1月下旬には、ウトロで約65年間暮らした文光子(ムンクアンジャ)さん(88)が亡くなった。それだけに、日韓は手を結んで支援を急がねばならないが、ウトロに対する日韓の見方には隔たりがある。

韓国政府は支援金について「人道主義的な観点から努力した」(大統領秘書室の車聖秀(チャソンス)・市民社会首席=当時)としているが、韓国民の募金が集まった背景には、ウトロを「強制連行のつめ跡」「未解決の戦後処理の象徴」と受け止める思いがある。

ウトロには、強制的に駆り集められた人もいれば、自発的に職を求めた人もいる。しかし、募金活動の中心となった韓国NGO「コリアン・インターナショナル・ネットワーク」は「歴史的経緯から、
責任は日本政府にある」との姿勢を崩さない。

そんな状況の中で、ウトロの住民は日本人にも支援を呼びかけて新たな募金活動を展開し、賛同した人々もいる。国土交通省と京都府と宇治市も「ウトロ地区住環境改善検討協議会」を設立、日本側も行政主導で土地買い取り後の町づくりに向けて動き出している。

だが、2月20日までに、府に寄せられたメールや電話25件のほとんどは反対意見だ。「裁判で決着がついたのに、なぜいまさら民間同士の土地問題に税金を投入するのか」といった意見を中心に、「日本の責任」を強調する韓国側へのアレルギーが垣間見える。

ウトロ住民の中には、「父母らが強制的に連れてこられた」という人がいる。一方で、彼らは日本側の支援がなければ解決に向けて前進しないことも知っている。「責任問題」にふたをする必要はないが、ウトロ地区形成の経緯を踏まえ、同じ日本に暮らす人間として、彼らを長年の苦難から一刻も早く解放することだ。まずは感情のわだかまりを越えて、募金への協力と町づくりへのスピードアップを図るべきだ。
(学研・宇治支局)(終)
ここ最近、京都新聞がウトロ関係の記事を出しまくってるので、電話してみました。

代表番号(075-241-5430)から京都新聞読者応答室に繋いでもらいました。
電話に出たのは、20~30代の女性。応答はそこそこ丁寧でしたが、物凄い意思というか信念というかイデオロギーみたいなモノを感じました。

マガジン9条
この人に聞きたい
林博史さんに聞いた その2なぜ今、過去と向き合うのか

沖縄戦、従軍慰安婦など、歴史の表舞台からは長く「隠されてきた」
さまざまなテーマに、真摯に向き合い続けてきた林さん。
ご自身をそうさせてきたものは何だったのか。まずはその「思い」から伺いました。
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